1986〜1990年
1986年(34才)
1月21日山形公演2日目、町支寛二の父親死去
2月3日大分公演の日、父親の入院を知らされる
3月曲作りに専念
4月レコード開始
5月10日原宿のスナックで10周年のパーティ。ドラム:鈴木幹治、ベース:高橋信彦で「路地裏の少年」を歌った
6月30日トラック・ダウンのためロスへ
9月4日京都会館第1ホールで“ON THE ROAD’86”スタート
「J.BOY」シティロード・メモリアル・ベスト<音楽部門>第12回(昭61年度)ベスト・アルバム(国内盤)の9位受賞日本レコード大賞 第28回(昭61年) 優秀アルバム賞を受賞
concert
84回
動員270000人
album
9月4日2枚組「J.BOY」発売。はじめてチャート1位を記録
single
7月16日12インチ・シングル「路地裏の少年」発売
1987年(35才)
4月30日午前5時49分、父親死去
5月4日父親の葬儀が行われる
デビュー以来はじめてツアーのない年になった
チャートの1位をハワイで知る
10月アメリカ大陸を東から西へ3週間かけて車で横断する
concert
0回
動員0人
album
6月28日リゾート・アルバム「CLUB SURFBOUND」発売。「CLUB SURF & SNOUWBOUND」も同時発売
single
6月21日「二人の夏」発売
1988年(36才)
2月25日田家秀樹の書いた初のライフ・ストーリー・ドキュメント「陽のあたる場所」発売、ベスト・セラーに
3月17日ツアー“ON THE ROAD’88”宮崎市民会館からスタート、89年2月7日大阪城ホールまで計100本のロング・ツアー
8月20日静岡県浜名湖畔渚園で3回目の“A PLACE IN THE SUN”開催。29曲3時間50分のステージ
11月18日MZA有明で“留学生支援コンサート”を開催
11月19日東南アジアからの留学生数十名を招待
concert
100回
動員370000人
album
3月16日「FATHER'S SON」発売
single
5月11日「BREATHLESS LOVE」発売
1989年(37才)
1月6日新年最初のコンサート。神奈川県民ホール。昭和最後のコンサート
1月12日13日広島サンプラザ公演。平成最初のコンサートになる
2月ツアー終了後、初のライブ・ビデオの編集作業に入る
4月ビデオの編集を終え、ニュー・アルバムのレコーディングはじまる
5月21日初のライブ・ビデオ「ON THE ROAD"FILMS"」発売
9月末ニュー・アルバムの曲作りのイメージ作りも兼ねて、カナダ・アメリカを旅行
album
9月1日「WASTED TEARS」発売
single
なし
1990年(38才)
1月5日5か月かかった曲作りを終え、ニュー・アルバムのレコーディングをスタート
4月21日当初予定されていた発売を延期
7月21日青森市文化会館を皮切りに“ON THE ROAD'90”がスタート、3月17日の秋田公演まで98都市83本、全公演がホール・コンサート
11月17日駒沢大学記念講堂で“留学生支援コンサート”、ハイビジョンのクローズド・サーキットで全国中継
12月23日呉市文化ホールで20年目の“里帰り”。“チベット難民の子供達救済コンサート”。呼びかけた人は、高校時代にバンド仲間だったダライ・ラマ14世のもとで働く建築家。収益金428万2770円がチベットに
concert
83回
動員198000人
album
6月21日「誰が為に鐘は鳴る」発売(2年3か月ぶりのオリジナル・アルバム)
single
なし
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